『山河遥かなり』:ジンネマン監督のリアリズムとドラマツルギー @DVD

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買い置きDVD鑑賞の続きです。
映画は1947年製作のフレッド・ジンネマン監督『山河遥かなり』。
2014年にミシェル・アザナヴィシウス監督が『あの日の声を探して』としてチェチェン紛争に舞台を移してリメイクしています。
さて、映画。

第二次世界大戦直後、米国占領下のドイツ。
国連の児童保護収容所には連日、多数の戦争孤児が送られてくる。
ナチスの収容所から救出されたり、町なかで保護されたり、と状況はさまざま。
チェコスロヴァキアの裕福な家庭で育ったカレルもそのひとり。
友だちとともに保護されたが、彼はまるで口を開かない・・・

というところから始まる物語で、一部シーンは終戦直後の米国占領下ドイツで撮影されていると冒頭に字幕説明が出ます。

フレッド・ジンネマン監督といえば「リアリズムの監督」というイメージが強く、この映画でもその特徴は遺憾なく発揮されており、冒頭30分の児童保護収容所のシーンはかなり厳しい演出ですが、カレルと友だちが逃げ、川に飛び込むシーンは逆にサイレント映画の手法を使って、ドラマ的サスペンスも盛り上げていきます。
また、実際の戦災後の瓦礫の町なかでの撮影など、この当時でなければ撮れないようなシーンもあり、ヒリヒリしたリアリズムです。

その後、ひとりになったカレルはアメリカ兵のスティーヴンスン(モンゴメリー・クリフト)に拾われて保護されることになるのですが、このスティーヴンスンとのシーンが旧来のセット撮影然としており、リアリズム調が崩れるのは残念です。
ですが、ここでも、カレルが見るダチョウのフェンスやかれが描く単純なフェンスで、かれが収容されていたアウシュビッツ収容所を想起させる演出は、簡潔で優れています。

一方、カレルの物語と並行して、母親の物語も描かれ、彼女はカレルが逃げ出した後の児童保護収容所で働くことになります。
ここでも、カレルの代替とでもいうべきユダヤ人少年(生きるためにカトリック教徒を装い、聖歌隊に入っているあたりが上手い)をサブに据え、臭くならない程度にドラマを盛り上げていきます。

最後の最後、カレルと母親は再会を果たすのですが、このシーンではすれ違いのショットや列車から降りてくる戦災孤児の集団などをカットバックして、後の『真昼の決闘』でみせたスリリング演出の一端を観ることができます。

ジンネマン監督のリアリズムとドラマツルギー、厳しさとやさしさが同居した佳作でしょう。

評価は★★★☆(3つ半)です。
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観たのはこちらのDVD。

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2018年映画鑑賞記録

新作:2018年度作品:83本
 外国映画67本(うちDVDなど 8本)
 日本映画16本(うちDVDなど 2本)

旧作:2018年以前の作品:83本
 外国映画72本(うち劇場鑑賞18本)←カウントアップ
 日本映画11本(うち劇場鑑賞 4本)
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  • 山河遥かなり

    Excerpt: 第二次大戦直後のベルリン。 チェコの少年はアウシュビッツで母親に別れ、孤児院に収容されていた。 そして、ナチスへの嫌悪と恐怖から失語症にかかったまま、ここを脱走する…。 ヒューマンドラマ。 Weblog: 象のロケット racked: 2018-12-29 01:53