『おかえり』:いいところもあるが残念なガッカリ感が高い和製『こわれゆく女』 @特集上映
1996年製作篠崎誠監督の『おかえり』、国立映画アーカイブの特集上映で鑑賞しました。
といっても観たのは4月末。
ちょっとレビュー寝かし過ぎましたか。
さて、映画。
塾講師をしている北沢孝(寺島進)。
妻・百合子(上島美穂)とのふたり暮らしだ。
百合子はピアニストを目指していたが夢破れ、とはいって、妥協で孝と結婚したわけではない。
幸せなふたりだったが、ややもすればルーズになりがちな孝の気づかないうちに、百合子は変調をきたしていた。
受け答えは機械的、倦怠期ならばあり得るのだろうが・・・と思った孝は、百合子の不審な外出をを訝しく思い、跡をつけてみると、何もない丘で佇んだり、見ず知らずの家のインターフォンを凝視していたりする。
問い質してみると、「わたしは監視しているの」と百合子は言う・・・
といった物語で、日本版『こわれゆく女』といった面持ち。
なのだが、どうにもとりとめがない。
上映前に、来場していた監督が短いエピソードを話していたのだけれど、寺島進から「監督、この映画はどういう映画なんです?」と訊かれて、「一言では言えない」と監督は答え、後に友人の青山真治監督から「お前は、監督ってものがわかっていない。監督というのは、すべての質問に答えるのが仕事だ」と言われたというエピソードを紹介していました。
まさに故・青山真治監督がいうとおりで、監督にはヴィジョンが必要で、とっちらかっていてもいいけれど、本人の中では理由付けは必要、迷いがあったとしても、その時々では「これだ」というものが必要なわけだ。
その意味では、この映画、出来上がった作品をみても監督の迷いがあり、それを評価するかどうかなのだが、個人的には評価しない。
迷いがあるかどうかは、基本的にはカッティングに出ると思っており、長廻しの演出は「ほぼ迷っている」と思われる(確信的な長廻し演出はあれど、この映画では孝と同僚の飲み屋のシーンなど、不要な長廻しだ)。
その長廻しがいい方に出るところもあるのだが、この映画では、百合子が「見張っているの」と言う孝と百合子のシーンはうまくいった感じ。
なのだが、評価できないのは最後の長廻し+ワンショット。
映画は、彷徨する百合子を捕まえた孝が落ち葉舞い散る広場で彼女を抱きしめ(この長廻しは良い)、その後、ひとり丘を上る百合子を孝が負うというシーンがエンディング。
画面左に樹木が立ち、その右を百合子が画面奥の丘の上へと行き、後を追った孝が追いつくシーンで、このワンショットはタルコフスキーもかくやというぐらいの良さ。
追った孝の後ろ姿が百合子にかぶさり、遠くでふたりのシルエットはひとつになる・・・
って、ここで終わらないのか!
その後、ふたりは横に並び、シルエットがふたつになり、カット変わって、前斜めから、同じ方向を見るふたり・・・って、そりゃないよ。
余韻がないじゃない。
わかりやすいエンディングなのかもしれないが、百足状態の蛇足カットでしかない。
と、まぁ酷評するわけなんですが、この手の映画、嫌いじゃないわけで、だから余計に趣味に合わない演出が腹立たしいのよ。
ということで、いいところもあるけれど、残念なところのガッカリ感は高く、評価は★★☆(2つ半)としておきます。
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2022年映画鑑賞記録
新作:2022年度作品:34本
外国映画18本(うちDVDなど 3本)
日本映画16本(うちDVDなど 0本)
旧作:2022年以前の作品:61本
外国映画47本(うち劇場鑑賞10本)
日本映画15本(うち劇場鑑賞 2本)←カウントアップ
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